心の道行き日記

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やんちゃMF阪口夢穂(30=日テレ)がW杯の扉を開くゴール!なでしこが8大会連続W杯出場決定!!最後は“ボール回し”で決めた!!

やんちゃ坂口がW杯の扉を開くゴール!なでしこが8大会連続W杯出場決定!!最後は“ボール回し”で決めた!!

 

女子アジア杯 日本1-1オーストラリア ドローでW杯へ出場決定

 

 日本女子代表(なでしこジャパン)は4月13日、W杯予選を兼ねた女子アジア杯グループBの第3戦でオーストラリア女子代表と対戦し、1-1で引き分けた。

 

韓国女子代表がベトナム女子代表に勝利したため、勝ち点5で3チームが並ぶことになったが、得失点差でオーストラリアが1位、得点数で韓国を上回るなでしこが2位を確定。来年フランスで開催されるW杯への出場を決めた。


 冷静な判断で出場権を確保した。後半18分にMF阪口夢穂(30=日テレ)のゴールによって、なでしこが先制。しかし同41分にオーストラリアのFWカーに同点弾を許し、土壇場で追いつかれてしまう。

 

 同時刻開催の同組もう一つの試合で、韓国女子代表がベトナム女子代表に4-0。このまま行けば、勝ち点5でなでしことともにオーストラリア、そして韓国の3チームが並ぶことになった。

 

 ただし順位決定のレギュレーションは当該チーム間の対戦成績が優先される。韓国はオーストラリア、そしてなでしことも0-0で引き分けだったが、オーストラリアと日本は1-1と得点をしてのドロー。

 

 これによりオーストラリアと日本が上位に来ることになった。オーストラリアとなでしこは、グループ内の得失点差によって、1位オーストラリア、2位なでしことなった。

 

<B組>

 

順位

チーム

勝点

(1)

オーストラリア

3

1

2

0

9

1

+8

5

(2)

日 本

3

1

2

0

5

1

+4

5

(3)

韓 国

3

1

2

0

4

0

+4

5

(4)

ベトナム

3

0

0

3

0

16

-16

0

 

 4・ 7 日本4-0ベトナム

      オーストラリア0-0韓国

 4・10 ベトナム0-8オーストラリア

      韓国0-0日本

 4・13 日本1-1オーストラリア

      韓国4-0ベトナム

 

“大人の作戦”に異を唱えるような解説が話題となっているいるが、高倉麻子監督は「本当はアグレッシブに行きたいというのはあるが、しっかり出場権を勝ちとるということで、ああいう指示を出しました」と説明。

 

大正解なんです。堂々と次の戦いに臨んで欲しいですね。


直接指示を受けた阪口も「選手の中では前に行きたい選手もいたと思うが、ベンチに確認したらこのままでいいということだった。うしろでボールを回すことになりました」、と、MF長谷川唯は「最後はあまり気持ちよく決まったわけではないけど、勝負なので」としっかりと話した。


決勝点を上げた阪口は「いい時間帯で点が取れて良かった。大事なシーンでパスミスも多かったけど、大事なシーンで点が取れて良かった。準決勝切符を手に入れたので優勝できるように頑張りたい」と話した。


いいんです。この試合は勝つことに意義があるのですから。


澤穂希がいない、宮間あや大野忍永里優季安藤梢等の絶頂期の選手がいない中、今の選手には失礼だが今のメンバーでよくぞワールドカップへの出場権を獲得したと思う。

以前活躍した川澄 奈穂美はデビューしたての頃はニューフェイスでした。いまや川澄 奈穂美が最年長というのは隔世の感がある。

日本女子代表(なでしこジャパン)は今まさに過渡期にある。

世界と戦い、メダルを獲得するには幾多の困難が待ち受けていると思う。

でもね♪~

今までもそれを乗り越えて2011年FIFA女子ワールドカップ優勝を飾ったわけです。


日本女子代表(なでしこジャパン)は不死鳥のごとくよみがえることでしょう。

 

阪口夢穂のプロフィール
阪口夢穂
阪口 夢穂(さかぐち みずほ、1987年10月15日 - )は、大阪府堺市(現・堺市北区)出身の女子サッカー選手。日テレ・ベレーザ所属。サッカー日本女子代表。ポジションはミッドフィールダー。実兄はchaqqのドラム担当の阪口憂也。

愛称 みずほ、みーちゃん
カタカナ サカグチ ミズホ
ラテン文字 SAKAGUCHI Mizuho
国籍  日本
生年月日 1987年10月15日(30歳)
出身地 大阪府堺市(現・堺市北区
身長 165cm
体重 56kg
選手情報
在籍チーム  日テレ・ベレーザ
ポジション MF
背番号 20
利き足 右足

◆経歴
堺市五箇荘東小学校、堺市五箇荘中学校、大阪府立東百舌鳥高等学校卒[3]。7歳から下野池少年サッカースクールでサッカーを始め、サウスフリーウィンドFCを経て、スペランツァFC大阪高槻の下部組織であったラガッツァFC高槻スペランツァに入団。

2001年9月には清水ナショナルトレーニングセンターJ-Step)で行われたU-16日本女子ユース選抜候補に招集され、トレーニングキャンプに参加した。

2003年、ラガッツァ所属のままトップチームのスペランツァにも登録され、5月11日に行われたL・リーグ開幕戦 (対戦相手: 田崎ペルーレ)に先発出場。第2節の伊賀FCくノ一戦で初ゴールをあげるなど9試合に出場した。同年度のU-18大阪府選抜に選出されて全日本女子ユース (U-18)サッカー選手権大会に出場した (決勝戦静岡県選抜に破れ、準優勝の成績で同大会を終えた)。

2004年7月11日、宝塚バニーズレディースサッカークラブ戦でハットトリックを記録した。同年、U-19代表に選出された。

2005年1月、U-19日本女子代表候補トレーニングキャンプに招集され、その後はU-18日本女子代表チームの一員として試合に出場。ラガッツァFC高槻の選手およびスタッフがスペランツァから独立し、FC VITORIAを設立した際、阪口もそれに追随する形でスペランツァを離れた。

2006年1月、なでしこジャパン候補トレーニングキャンプメンバーに初招集された。なでしこリーグTASAKIペルーレFCに入団。リーグ戦では加入初年度からレギュラーとして試合に出場した。なでしこスーパーカップ (対戦相手: 日テレ・ベレーザ) でも後半途中から出場機会を得た。

2006年7月、AFC女子アジアカップに出場する日本代表メンバーに選出された。代表デビュー戦となった7月19日のベトナム戦で、後半から出場し2得点を挙げた。

2008年の北京オリンピックではボランチとして出場し、澤穂希と中盤でコンビを組んだ。この大会ではグループリーグ・決勝トーナメントの全試合に先発出場し、日本はベスト4の成績で全日程を終えた。この年限りで所属クラブのTASAKIペルーレが休部。

2009年、アメリカ合衆国USL WリーグのFCインディアナへ移籍した。同年、サッカーアスリートマネージメントを主に手掛けるソル・スポーツマネージメントと契約した。Wリーグの開幕戦では1得点1アシストとチームの勝利に貢献したが、練習中に左膝の前十字靭帯を断裂してしまい全2試合の出場にとどまった。

2010年、アルビレックス新潟レディースの選手として日本復帰することとなった。

2011年7月、2011 FIFA女子ワールドカップではボランチとして全試合スタメン出場した。
2012年、日テレ・ベレーザへ移籍。

同年、ロンドンオリンピックでは全試合に出場し、準決勝フランス戦で2点目となるゴールを決めるなど銀メダル獲得に貢献した。

2015年、女子W杯カナダ大会の決勝トーナメント1回戦オランダ戦で1ゴールを上げた。後半33分、相手ゴール前で大儀見のヒールパス、宮間の折り返しを岩渕がスルーし阪口が左足で決めたこのゴールは、FIFAによる大会最優秀ゴールの候補にもなり、海外メディアからも絶賛された。

同年11月、日テレ・ベレーザは5年ぶりのリーグ優勝を果たし、阪口は最優秀選手賞、ベストイレブンに選出された。

2016年、リオデジャネイロオリンピックのサッカー女子アジア最終予選の日本代表メンバーに選出されたが、チームは予選3位となり五輪出場権を逃した。

2017年シーズン、日テレ・ベレーザなでしこリーグ3連覇に貢献し、史上初となる3年連続での最優秀選手賞を受賞した。

◆プレースタイル
本来はFWやトップ下など前線でプレーする選手だったが、2008年の北京オリンピックの直前に当時の代表監督であった佐々木則夫により、長年コンビを組むことになる澤穂希と一緒にボランチへとコンバートされた。澤は「みーちゃん(阪口)でなければ、私は生かされてない。彼女が一番私のことを理解してくれてると思ってる」というほどダブルボランチの相棒として阪口を信頼していた。

稀にチーム事情によりゴールキーパーを務める場合がある。2006年の全日本女子選手権では準決勝・対浦和レッドダイヤモンズ・レディース戦においてPK戦まで試合がもつれ込んだ際に急遽GKを務め、3連続セーブの好守を見せ同試合の勝利に貢献した。2011年のロンドンオリンピック出場に向けたアジア地区予選においては、第3GKの役割も期待されていると報道された。

所属クラブ
下野池JSC
200?年 - 2004年 ラガッツァ高槻スペランツァ
2003年、2004年 トップチームのスペランツァF.C.高槻に登録
2005年 FC VITORIA
2006年 - 2008年 TASAKIペルーレFC
2009年 FCインディアナ
2010年 - 2011年 アルビレックス新潟レディース
2012年 - 現在 日テレ・ベレーザ

個人タイトル 2007,2011,2013,2014 日本女子サッカーリーグ ベストイレブン


★川澄 奈穂美のプロフィール

川澄 奈穂美

川澄 奈穂美(かわすみ なほみ、1985年9月23日 - )は、神奈川県大和市出身の女子サッカー選手。日本体育大学体育学部体育学科卒業。NWSLシアトル・レインFC所属。サッカー日本女子代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー
生年月日 1985年9月23日(32歳)
出身地 神奈川県大和市
身長 157cm
体重 51kg

 

★高倉 麻子のプロフィール
高倉 麻子(たかくら あさこ、1968年4月19日 - )は、福島県福島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現サッカー日本女子代表監督。選手時代のポジションはミッドフィールダー。夫はサッカー指導者の竹本一彦

生年月日
1968年4月19日(49歳)
出身地 福島県福島市
身長 163cm

在籍チーム
サッカー日本女子代表(監督)
ポジション MF
利き足 右足

所属クラブ
1985-1998 読売ベレーザ
1999    松下バンビーナ
2000    シリコンバレー
2001-2004 スペランツァ高槻

 

☆彡なでしこジャパンの歩み
佐々木則夫監督時代
2007年12月7日、大橋の任期満了による退任に伴い、コーチを務めていた佐々木則夫が監督に就任した。2008年2月に行われた東アジアサッカー女子選手権2008では3戦全勝で初優勝し、日本女子代表にとって初めての公式大会タイトル獲得となった。
続く5月末から6月初めにベトナムで行なわれた2008 AFC女子アジアカップでは準決勝で中国に敗れたものの]、3位決定戦でオーストラリアに快勝して3位となった(澤穂希が大会MVP、チームはフェアプレー賞を受賞した)。
8月に行なわれた北京オリンピックは、グループリーグ初戦でニュージーランドに2-2で引き分け、続くアメリカ戦では0-1で敗北したが、第3戦のノルウェー戦で5-1の勝利で2大会連続でグループリーグを突破。
準々決勝の中国戦は2-0で勝利し初のオリンピックベスト4進出を果たすも、準決勝でアメリカに2-4で敗れ、3位決定戦ではドイツに0-2で敗れて4位に終わりメダルを逃した。

2010年
2010年1月、チリで行われたコパ・ビセンテナリオ2010に参戦。5カ国による総当たり戦を3勝1分の成績で優勝した。
東アジア女子サッカー選手権2010は前大会に続き3戦全勝で2連覇を達成。5月に中国で開催された2010 AFC女子アジアカップでは準決勝でオーストラリアに敗れたものの3位決定戦で地元中国に勝利し翌年のFIFA女子ワールドカップの出場権を獲得(安藤梢が大会得点王を獲得)。11月に中国の広州で行われた第16回アジア競技大会では無失点で決勝へ進出し、前大会王者の北朝鮮を1-0で下し初優勝した。

2011年
2011年3月、ポルトガルで開催された女子ナショナルチームの国際大会「アルガルヴェ・カップ2011」に参加。グループリーグ初戦でアメリカに1-2で敗北したもののフィンランドノルウェーに勝利してグループリーグ2位となり、3位決定戦でスウェーデンに2-1で勝利し3位となった。

6月末よりドイツで開催されたFIFA女子ワールドカップでは、グループリーグB組でイングランドには敗れたもののニュージーランドとメキシコに勝利し、2位で決勝トーナメント進出を決めると、準々決勝で開催国ドイツに延長戦の末1-0で、準決勝でスウェーデンに3-1で勝利して初の決勝進出を果たす。

アメリカとの決勝戦は延長戦終了時点で2-2の同点でPK戦に突入し、3-1で勝利して大会初優勝(男女を通じてもアジア勢では初)を果たす(チームはフェアプレー賞を、澤が大会最優秀選手賞と大会得点王を受賞)。

FIFA主催の世界大会で日本代表が優勝したのは男女・年代別通じてこれが初めてとなった。

2011 FIFA女子ワールドカップ勝戦試合開始前に東日本大震災に対する各国からの支援に謝意を示すバナーを手に一礼するなでしこジャパン。To Our Friends Around the World Thank You for Your Supportのメッセージが書かれている。

大会中チームは試合後に同年3月11日に発生した東日本大震災に対する世界からの支援へ感謝を表す横断幕を掲げて会場より拍手を受けたが、各国メディアは復興への思いも勝利へのモチベーションとなっていると分析、なでしこジャパンの素早いパスサッカー[27]とともに、その戦いぶりを賞賛した。
なでしこジャパンはこの優勝により、国際Aマッチの代表ユニフォーム左胸エンブレム上にワールドカップ優勝回数を示す「星」を、そして右胸には直近のワールドカップ優勝国であることを示すチャンピオンエンブレム(2015年ワールドカップ開催まで)を付け加える栄誉も獲得した。8月2日には日本政府から国民栄誉賞授与(団体に対しては初)と女子サッカー支援充実の検討も発表された。

9月、中国で行われたロンドンオリンピックアジア予選では4勝1分の1位でロンドンオリンピック出場権を獲得、11月3日には女子団体スポーツでは初の紫綬褒章が授与され、12月1日には愛称の「なでしこジャパン」が新語・流行語大賞年間大賞を受賞した[32]。アメリカのスポーツサイト・FOXスポーツが発表した「FOX Soccer 2011: Top 10 Teams of 2011(2011年サッカーベストチームTOP10)」において第1位に選ばれた。

2012年
2011年度のFIFA年間表彰式において澤がFIFA女子最優秀選手賞を、佐々木監督がFIFA女子最優秀監督賞を受賞した(どちらもアジア人が受賞するのは初めて)。

3月のアルガルヴェ・カップ2012ではグループリーグでノルウェーデンマークに勝利し、アメリカとの最終戦でも勝利して初の決勝進出を果たすも、決勝でドイツに3-4で敗れ準優勝となった。

7月のロンドンオリンピックではグループリーグ初戦でカナダに2-1で勝利し、続くスウェーデン南アフリカ相手にはいずれも0-0の引き分けであったが1勝2分の2位で3大会連続でグループリーグを突破。準々決勝でブラジルに2-0、準決勝でフランスに2-1で競り勝って初の決勝進出を果たし、決勝でアメリカに1-2で敗れたものの銀メダルを獲得した。男女通じてオリンピックのサッカー競技で日本がメダルを獲得したのはメキシコシティオリンピック(1968年)で獲得した銅メダル以来44年ぶりとなった。

2014年
2014年5月、ベトナムで開催された2014 AFC女子アジアカップでは、海外組の主力選手を招集できず国内組中心の選手構成で出場、グループリーグを2勝1分で突破し翌年のワールドカップ出場権を得ると、準決勝の中国戦では延長戦を制し5大会ぶりに決勝に進出。決勝では前回王者のオーストラリアを破り、14回目の出場でアジアカップ初優勝を成し遂げた(宮間あやが大会MVPを受賞)。

2015年
2015年3月、ポルトガルで開催されたアルガルヴェ・カップ2015に出場、グループCのリーグ戦では1勝2敗となりグループ3位となったため9位決定戦に回り、アイスランド戦に2-0と勝って9位となった。

2015年6月、カナダで開催された2015 FIFA女子ワールドカップに出場、グループリーグではスイス、カメルーンエクアドルと対戦し3戦全勝で決勝トーナメントに進出、ノックアウトステージ1回戦でオランダに2-1で勝利、準々決勝のオーストラリア戦は1-0で勝利してベスト4に進出、準決勝でイングランドを2-1で破り決勝へと進んだ。決勝ではアメリカに前半16分までに0-4とリードされ、2-5で敗れて準優勝で大会を終えた

2016年
2月から3月にかけて大阪で行われたリオデジャネイロオリンピックサッカーアジア最終予選で初戦のオーストラリアに1-3で敗れると。その後も韓国と中国にも勝利をすることができず、結局2勝1分2敗の3位となり、2位以内に与えられるリオデジャネイロオリンピック出場を逃すこととなった。オリンピック出場を逃すのは2000年のシドニーオリンピック以来4大会ぶりとなった。そして佐々木則夫監督は3月10日で監督退任となった。

高倉麻子監督時代
2016年4月27日、佐々木前監督の退任に伴う、後任の監督にU-20サッカー日本女子代表監督の高倉麻子が就任することになった。日本のサッカーA代表監督では史上初の女性監督

 

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